研究

山梨 あや 教授

マージナルな教育について歴史的に研究する

社会学研究科 教育学専攻
山梨 あや 教授

私の専門分野は日本の近現代教育史です。教育史というと「学校」や教育制度の歴史と思われることが多いのですが、私の研究関心はどちらかといえば、「学校」や教育制度の境界線、マージナルなところに見いだされる「教育」とその意味を歴史的に明らかにすることにあります。大学院生時代から、趣味や私的な営みとして捉えられがちな読書という営みがどのように「教育」の対象としてクローズアップされたのか、具体的にどのような教育活動が展開されたのかを図書館を対象に、1900年代から1960年代の比較的長期に亘るスパンで検討してきました。どちらかと言えば、読書という知的営みからは周辺化されている人々に焦点を当てたのですが、研究の過程で近現代日本の知的営為には「学校教育」という枠組み以外でも性差、地域差、階層差が存在していることをまざまざと実感しました。と同時に、学校教育とは異なる回路で「知」が人々の間に普及していったのではないか、とも考えるようになりました。
研究生活の入り口では学校外の教育にばかり注目していましたが、アマノジャクな性格も手伝って、最近は学校と学校の外―家庭や地域―がどのように関係して「教育」という営みを成立させているのか、という問題に関心を持っています。長野県の小学校に保存されている1930年代から60年代に至るまでの学校資料を読み解く中で、学校は家庭や地域を一方的に「啓蒙」したり教育したりするだけではなく、家庭や地域との相克を含む一種の緊張関係の中で教育を模索していたことが明らかになってきました。戦後初期は、学校が子どもだけではなく戦前の教育を受けた親世代に「民主的」な考え方を理解させることに心を砕いており、この時代に着目して「民主主義」や「民主的なるもの」が親世代にどのように教育されたのかを明らかにすることも目下の研究課題の一つです。
1960年代後半になると、学校、教師、さらには学校教育制度そのものに対する疑念の兆しも見られるようになり、学校と家庭、地域の関係はより複雑化していくことになります。このような複雑化した関係性を前提として、「教育」というものがどのように考えられていたのかを学校側の視点からだけではなく、家庭の視点から明らかにしていくことにも関心があります。
大学院に入った時は、自分が小学校の資料を読んだり、1960年代の地域教育雑誌などに関心を持つようになるとは全く想像しませんでした。自分の生まれた年に近い資料を読む一方で、学校が学校外の組織―家庭や地域―にまなざしを向け始める時期、つまり明治期の学校資料や教育雑誌なども読んでいます。研究とは必ずしも一直線に進むものでも進めるものでもなく、様々に張り巡らせた糸を撚ったり、時には解きほぐして編み込んだりしていくものなのかもしれません。このような研究を可能にするのは、資料や文献を探して読み込むことは勿論、研究について教員、先輩、同輩、後輩と忌憚なく意見を交換することです。新しく入学される皆さんと共に、豊かな研究が出来る場を作っていきたいと思います。

李 津娥 教授

メディアの社会心理学から人間と社会を探求する

社会学研究科 社会学専攻
李 津娥 教授

私たちは、メディアのオーディエンスとして様々なメディアコンテンツを消費しています。消費者、生活者、有権者としての価値判断や意思決定において、また、自己、他者、社会に対する認識において、私たちはメディアをどのように利用し、どのような影響を受けているか。こうした問題にメディア心理学の視点から研究しています。大学院の博士課程では、広告のエンターテインメント性に注目し、広告に対するユーモア知覚が広告効果過程に及ぼす影響について研究をしていました。今は、引き続き、多様化するメディアや企業環境を踏まえ、人・コト・モノをつなぐ広告や関連するメディアコンテンツがどのように発信、共有され、消費者としての私たちの心と行動にどのような影響を及ぼしているかについて研究を行っています。広告は社会問題や政治に関する情報を伝え、説得を行うコミュニケーションでもあります。政治広告や政治キャンペーンが有権者の意識や行動に及ぼす影響も私の重要な研究テーマです。政治コミュニケーションに関しては、女性政治家とメディア、政治志向による政治情報の消費と共有などの研究にも取り組んできました。メディア・コンテンツは、国内のみならず、国や文化を超え消費されています。トランスナショナルな空間に生きるディアスポラが、文化的アイデンティティを維持し再構築する上で、母国メディアの利用がどのような意味を持つかについても研究を行なっています。

太田 淳 教授

つながる歴史へ

社会学研究科 社会学専攻
太田 淳 教授

私は18-20世紀インドネシアを中心に様々な角度からの歴史研究を試みていますが、一貫して「つながる歴史」を描こうとしてきました。「つながる」というのは、それまで一つの社会や一つのシステムと見なされていたものの内部要素が、様々な経路を通じて結びつくダイナミクスと捉えられます。私たちは習慣的に一定の社会やシステムといった枠組で世界を観察する傾向がありますが、人間や人間社会はそれらを超えてつながる力を持つことを見出したいのです。博士論文から取り組んだ西ジャワのバンテンという地域の研究では、オランダ東インド会社による支配が進行する中で、地域社会の有力者が商品作物(主に胡椒)の栽培を強制する会社の制度を利用して自らの影響力を強めたこと、胡椒生産者は作物を地域有力者でなく外部の民間商人に売却して海外市場とつながったことなどを論じました。そうした民間商人の多くはマレー海域の海洋移民で、資料ではしばしば「密輸商人」や「海賊」と記されますが、彼らは異なる地域の需要と供給を結びつけました。この需要は、18世紀中国の経済発展地域で台頭した中間層の間で、胡椒やナマコや燕の巣などの外食や顕示的消費が増えたことから生まれ、東南アジアの生産地と中国経済がつながりました。私は海賊だけでなく社会の中心にいない人々が異なる経済や文化をつなげる働きに関心があり、女性や混血者の役割にも注目しています。最近では、様々な気候変動が人間の生業や社会構築に与えた影響に着目し、歴史気象学という自然科学的知見と社会経済史をつなげることにも取り組んでいます。

平石 界 教授

進化から人間の行動と心理を探る

社会学研究科 社会学専攻
平石 界 教授

私の研究の中心には、「心」は自然淘汰による進化の産物であるという考えがあります。心理学を学んだことのある方は、人間の心にはさまざまなバイアスがあることをご存知だと思います。バイアスのために人間はしばしば非合理的なことを行います。お金を払ってしまったからというだけの理由で面白くもないビデオを見続けたり(サンクコストの誤り)、あるグループに所属しているというだけで相手を見くびったり(偏見)。こうしたバイアスはなぜ存在しているのでしょうか。人間が進化する過程においては、一見すると非合理的なバイアスにも、良い面があったのかも知れません。私たちの「心の仕組み」に進化的な意味があるのか考えるのが進化心理学です。私はこれまで進化心理学の視点から、内集団びいき・外集団排除がもたらす思考バイアス、他者への信頼とパーソナリティの個人差の進化、指の長さの比を用いての胎内環境と性的指向の関係の検討、公共財ゲームにおける個人差への遺伝と環境の影響といったテーマを扱ってきました。現在は、SNSでの炎上に見られるような、他者への道徳的非難の進化を中心に、道徳性の進化にかんする研究を進めています。加えて近年は、心理学における再現性危機に関連して、進化心理学の古典的知見の追試にも取り組んでいます。

伊澤 栄一 教授

動物との比較研究から行動の進化を探る

社会学研究科 心理学専攻
伊澤 栄一 教授

私の研究の目的は、ヒト以外の動物の認知や行動を明らかにすることで、ヒトという動物が他の動物と何が共通し、何がユニークなのかを明らかにすることです。そのためには、チンパンジーなどの系統発生学的にヒトに近い動物との比較と、ヒトから遠く離れた動物との比較が必要です。私は、鳥類カラスを対象に研究を進めています。恐竜の子孫である鳥類は、3億年もの遥か昔に、私たち哺乳類と独立に進化した動物群です。ヒトやチンパンジーとは、脳や体の構造が大きく異なります。それにもかかわらず、カラスは大脳を大きく進化させ、社会的戦略に長け、あるいは、道具を作るなど、複雑な行動が独自に進化しています。私の研究室では、このようなカラスの複雑な行動が進化した要因を探っています。要因と言っても、暮らしの要因や、脳や身体の機能という仕組みの要因など、問いも答えも1つではありません。行動生態学や生理学など異なる学問分野に足を踏み入れ、認知や行動との関係を解き明かし、それらをつないでいく作業です。手法としては,実験室内外での行動実験・観察,神経科学実験(電気生理,免疫組織化学,ホルモン計測など),野外調査などの手法を併用しており、国内外の研究グループとの共同研究も積極的に進めています。トリからヒトのこころの進化を解き明かす挑戦は、まさに境界領域としての心理学の醍醐味です。

森川 剛光 教授

知識と社会学の歴史性と社会性

社会学研究科 社会学専攻
森川 剛光 教授

私の主な研究業績には、マックス・ヴェーバーを中心にした草創期の社会学とその科学論的・方法論的基礎づけに関する、いわゆる社会学史に属する研究と、ニクラス・ルーマンの理論を応用した、マクロ歴史社会学と世界社会論に分類される研究があります。前者では19世紀ドイツ語圏において社会学が経済学から分出してくる過程で、ヴェーバーと同時代人の経済哲学者フリードリヒ・ゴットルにおいて、社会学の基礎概念である「行為」、「意味」、「日常」などが、いかに発見され、問題化され、基礎づけられたのかについて、博士論文で議論しました。引き続き19世紀末~20世紀初頭ドイツ語圏での、周辺諸科学(経済学、哲学、人類学等)と社会学との関係を追求しています。後者では「ゼマンティク」と呼ばれる社会的に共有される知識(観念・通念)の変化と社会構造の変動、コミュニケーションメディアの発達の相関関係を、特に「愛」の観念について、日本における江戸時代から大正時代までの歴史的変動と現代の世界社会における地域的差異を中心にして研究しました。最近の研究関心は紛争後社会における「赦し」と「融和」の問題に加え、マルティン・ハイデガーとハナ・アーレントの哲学的人間学を参照しながら、社会学的行為論の再検討をおこなっています。これまでの行為論は行為を「制作」をモデルに考えすぎていました。この制作=行為モデルは、様々な挑戦を受けてきましたが、それを背後で支えている、存在論や時間論まで立ち入って検討されたことはありませんでした。

川畑 秀明 教授

「美」の探求から人間性の本質を理解する

社会学研究科 心理学専攻
川畑 秀明 教授

私の関心の中心は、人の認知や思考における主観性や価値体験に関する心や脳の働きについて理解することを通して、人間性の根源や本質を多面的に明らかにすることにあります。大学院の博士課程までは、赤ちゃんの視覚、特に視覚的補完という遮蔽された物体の背後にあるモノを知覚できる過程の発達や、成人の視覚情報処理過程について研究をしていました。学位を取得後ロンドン大学に留学し、脳の働きを捉える計測技法を学ぶとともに芸術感性や美の背後にある脳の仕組みを理解する神経美学という研究を始めました。私たちの研究では、美を報酬系という脳のネットワークやドパミンなどの神経伝達物質の働きとして捉えています。現在は、芸術美だけでなく、対人魅力の研究も精力的に行い、抗加齢 医学や美容科学との連携も図っています。今後は、様々な神経伝達物質が関与する多様な脳の仕組みやホルモンの働き、免疫系と美の感じ方や美の現れ方との関連も明らかにしたいと考えています。美しさ、魅力、愛情などの人間性の基盤の理解は、これまで文学や哲学のテーマと考えられてきており、その科学的解明は始まったばかりです。日常的なトピックスを問題設定しやすいので取っ付きやすい反面、哲学や美学、芸術史など人文学における諸問題への深い理解と進化や分子生物学、工学などの自然科学からの説明や理論化が必要とされる難しさもあります。美の解明は、国内外の色々な分野の研究者や企業との協働が不可欠な究極的な学際研究であり、常にワクワクドキドキが伴う楽しい探求です。

竹ノ下 弘久 教授

社会階層と不平等:マクロな制度編成と国際比較

社会学研究科 社会学専攻
竹ノ下 弘久 教授

社会学の立場から、社会階層と不平等と呼ばれる研究領域を中心に、調査研究を行ってきました。その中でも、社会において不平等の生成、維持に関わるマクロ、メゾ・レベルの諸制度が果たす役割に注目してきました。考察の中心は、日本社会にありますが、日本社会の制度の果たす役割を可視化するために、他国との比較を重視して研究してきました。私自身のこれまでの研究では、東アジア諸国における不平等の国際比較を通じて、教育と労働市場をめぐる諸制度の相違が、不平等のあり方にどのような違いをもたらすのか検討してきました。こうした階層研究を進めるにあたり、日本社会全体の不平等構造と制度の関わりを明らかにするだけでなく、グローバル化という社会変動が不平等構造にどのような変化をもたらすのかを考察する観点から、海外から日本に移住してきた国際移民に注目し、かれらをとりまく制度と不平等との関係を考察しています。日本社会を中心とする階層研究を、国際的な視野から進めていくために、アジアや欧米諸国の研究者との研究交流と、国際的な共同研究にも従事しています。

近森 高明 教授

モノの次元に隠された「人間くささ」を発見する都市の技術社会史をめざして

社会学研究科 社会学専攻
近森 高明 教授

私の学問上のモデルは、W.ベンヤミンとW.シヴェルブシュ、G.ジンメルで、彼らの仕事を範例としつつ、おもに近現代日本の都市環境の変容を、文化社会学、都市空間論、そして技術社会史が重なり合う視座から探究しています。とくにシヴェルブシュの、ごく些末な技術史的事象を扱っているようでいて、そこからより一般的な知覚や想像力のパラダイム転換を導きだす手際に憧れ、さまざまな主題のもとに研究をすすめてきました。たとえばインフラ的技術。街灯、電柱、送電鉄塔、エアコンなど、自明すぎて問いの対象にならないような技術的事象にあえて注目し、その歴史的変遷を紐解いてみると、私たちの生活環境がどのような偶発的条件の積み重ねで成立しているのかがみえてきます。あるいは地下空間の利用。1920年代の地下鉄の導入や高度経済成長期の地下街の急激な増殖など、地下利用の変遷を眺めてみると、人びとを一種のフローとして扱う技術が、いかに都市に埋め込まれてきたかが顕わになります。都市空間にまつわるさまざまな事象を、端的なモノの次元に還元すればするほど、むしろ人間くささが浮かびあがってくる、そのような瞬間をとらえる社会学的な文体を模索したいと思っています。

皆川 泰代 教授

赤ちゃんの脳に社会的人間の起源を探る

社会学研究科 心理学専攻
皆川 泰代 教授

私の研究の軸は言語、社会性を含めたコミュニケーション能力の発達にあり、乳幼児-思春期を対象とした研究を行ってきましたが、学生達とも絵本や玩具の研究、運動発達研究、成人の研究など色々な「スピンオフ」研究も行ってきました。それら異なる研究が色んな意味でつながることも多く、人間の不思議を見たようなワクワク感があります。例えば最近の不思議は言語野の1つである下前頭回(IFG)です。新生児に言語を聞かせるとIFGが活動することも多く、言語機能の原型が新生児にもあることを見出してきました。しかし、新生児のIFGは、基本的な脳機能回路を反映すると言われる安静時脳活動においても、脳回路全体のハブ的役割をし、特にIFGと側頭部の繋がりの重要性が見えてきたのです。なぜIFGなんだろう?と謎は深まるばかりです。そのような時に成人の2者間の社会的相互作用時の脳活動同時計測や乳幼児の運動研究などが様々なヒントを与えてくれました。言語、運動、社会性、知覚、様々なキーワードがIFGを通して繋がってきます。赤ちゃんの脳にはコミュニケーションをする社会的人間として進化してきた謎がまだまだ隠されていそうです。

北中 淳子 教授

精神医学の人類学:うつ病、認知症の台頭に見られる「ライフサイクルの医療化」

社会学研究科 社会学専攻
北中 淳子 教授

精神医学を中心とした、近代においてグローバルに展開された「医療化」の現象について医療人類学の視点から研究しています。特に、20世紀を通じてそれほど問題視されなかった「鬱」が、1990年代以降「うつ病」として病理化され、世界的に大規模な精神医学的介入の対象となった「医療化」現象について考えるために、臨床現場で長年フィールドワークを行ってきました。現在は、ストレスチェック等を通じて、仕事をめぐる日常的苦悩が精神障害として監視の対象となり、老いによる主に認知機能の衰えが「認知症」という病理として捉え直される、ライフサイクルの医療化について調査を行っています。同時に、心理検査や疫学を用いた医療的スクリーニングに基づく新たな管理システムや、都市像の構築の動きに関して、その前提となる人間観や世界観について、人類学的視点から考察しています。「病いの経験」に関して、当事者の視点に根差した科学知を産み出そうとする国際的な動きにも着目し、海外の人類学者・歴史家・医師との交流や共同研究を進めています。

金 柄徹 教授

「東アジア海域世界」と「良心的兵役拒否」

社会学研究科 社会学専攻
金 柄徹 教授

主な研究を二つご紹介します。まず、「東アジア海域世界」における倭寇・家船・海民の歴史と文化を歴史人類学の立場から研究しています。日本・中国・韓国を繋ぐ「東アジア海域世界」では、古来より多くの交流がなされてきたにもかかわらず、海に携わってきた人々の活動や文化は既存の陸地中心の視点からは十分に読み取れず、またこの海域は、断絶された境界(空間)としてすら認識されてきました。日中韓の陸地権力から周辺に位置づけられてきたこの海からの視点を確保することで、既存の陸地中心(自国中心)の歴史が相対化され、読み直される可能性が大いにあると感じています。もう一つ、「良心的兵役拒否」問題を研究しています。韓国では、男性は約2年間を軍隊で服務することとなっていますが、南北の分断が続く中、兵役は「聖なる義務」であるとの認識が強く、兵役問題に触れることは長らくタブー視されてきました。しかし、2000年代に入り、宗教・思想・信念に基づき、兵役を拒否する若者が増え、「良心的兵役拒否」問題は大きな社会的イシューとして議論されつつあります。今後、韓国社会がこの問題にどのように向き合っていくのかを見極めて行きたいと思っています。

佐久間 亜紀 教授

優れた学校教員を育てる方法を多角的に探究する

社会学研究科 教育学専攻
佐久間 亜紀 教授

「いい先生」「力量の高い先生」とは、具体的には一体どのような教師のことをいうのでしょうか。私の専門は教育方法学で、学校教員の力量を高める方法や養成カリキュラムを、主に比較史的アプローチによって探究しています。時代や国や社会によって「優れた教師」の定義や要素は大きく変化しますし、教職に求められる専門性の内実も異なります。それゆえ私は、主に19世紀以降の日本とアメリカの教師教育の歴史を、教職の専門性の史的展開という観点から探究しています。私の研究の独自性は、この探究に女性史・ジェンダー史の視点を導入した点にあります。多くの国で教職は女性化されています。つまり、教育や教職をめぐる問題は、子どもを誰が育てるか、社会化された子育てが社会にどう位置づけられてきたのか、という問題と不可分なのです。新たな研究視角から、先行研究が見過ごしてきた事実を発見する作業は、スリリングな知的興奮に満ちています。さらにこれらの学術的知見をもとに、現代日本の教育現場における実践的問題の解決も探究しています。大学では教員養成の改善に取り組み、学校現場では授業研究や教員研修づくりに、現場の先生方と共働しながら取り組んでいます。

杉浦 淳吉 教授

ゲーミング・シミュレーションを用いた環境問題の解決

社会学研究科 社会学専攻
杉浦 淳吉 教授

環境問題への対処行動に関するリスクコミュニケーションについて社会心理学の立場から研究しています。環境問題は、健康や経済の問題など多様なリスクとかかわっており、こうした問題の解決をゲーミング・シミュレーションという手法で検討しています。ここでゲームとは、現実問題の構造をルールや様々な変数からなる抽象的世界であり、目的に沿ってプレーヤの様々な行動が展開されます。ゲーム終了後にはプレーヤがゲームで起こった出来事を振り返り、その経験と現実世界との関連を考察します。ルールに応じたプレーヤの意識や行動の変化といったことが研究の対処となりますが、プレーヤ自身がゲームへの参加によって多くを学ぶことも非常に重要な目的です。環境配慮行動の大切さを伝える「説得納得ゲーム」や利害調整や合意形成を行う「ステークホルダーズ」といった教育・研究用のオリジナルゲームを開発しています。エンタテイメントが目的のボードゲームやカードゲームでも活用方法の工夫次第で他では得られない有益な学びにつながります。大学院の講義でもテキストを読むだけでなく、実際にゲームをプレイしたりデザインしたりすることで問題を多層的に捉えていきます。

研究力と実践力を鍛える社会学研究科実習室

社会学研究科
山本 淳一(心理学専攻教授・社会学研究科実習室運営委員長)

山本 淳一(心理学専攻教授・社会学研究科実習室運営委員長)

社会学研究科実習室(以下、実習室)は、大学院生の実習施設として設立されました。当初は、三田キャンパス内、現在の南館のある場所の1階に建築された一軒家の建物。これは、臨床心理学研究において、来談者(クライエント)の方と大学生との動線が交差しないよう、プライバシーを確保するための配慮でした。
以来、大学院生の修士論文、博士論文の研究など、教育目的で活発に利用されてきました。設立時から、以下のような研究が、実習室を活用して行われています。社会学専攻が主導してきた、カウンセリング技法・心理アセスメント技法の習得、パーソナリティ研究、実験社会心理学研究。心理学専攻が主導してきた、行動修正実習授業、行動療法技法の習得、発達障害児支援の実践と研究。教育学専攻が主導してきた、幼児や成人の知能検査実習、ふたご調査研究、幼児の集団活動研究。
その後、いくつかの移転を経て、2011年に現在の南別館3階に拠点を構えることになりました。現在の実習室は、集団で子どもたちが遊べる「プレイルーム」、個別発達支援に利用しやすい「訓練室」、青年や成人の方たちとの面談、聞き取り調査、基礎実験ができる「面談室1」、「面談室2」からなっています。また、研究データの保管のための保管室もあります。
プレイルームと訓練室は、ワンウェイミラーで仕切られていて、両室の様子をモニターするための「観察室」があり、相手から意識されずにデータの収集や母子並行面接などが可能になっています。2015年には、プレイルームと訓練室を観察室からモニターし、映像をデジタル動画として記録するデジタル・モニタリング・レコーディング・システムが導入されました。
また、心理検査、発達検査、言語検査、認知機能検査、運動検査、適応行動検査、ストレス検査など、日本で用いられている検査の多くを所有しており、大学院生の教育と研究に供しています。
大学院生の実習時間を確保するため、実習は授業時間以外にも活発に行われています。例えば、2001年から開始された「臨床発達心理士」(一般社団法人臨床発達心理士認定運営機構)の資格認定には、修士課程での関連分野の単位取得と同時に200時間の実習経験が要件となっています。実習室での発達支援の実習授業は、資格取得のために不可欠なものです。2017年度までに、9名の大学院生、1名の研究員が、実習室で実習経験を積み、「臨床発達心理士」の資格を取得し、研究職として、あるいは専門職として発達臨床現場で活躍しています。現在も、多くの大学院生が取得準備を進めています。
研究に目を向けると、双生児を対象にした観察・調査研究が進められています。データ収集のためには、実習室のモニタリング・システムが不可欠です。また、乳幼児の神経科学的研究を進める大学院生も増えてきています。実習室に設置されている近赤外分光装置(NIRS)、視線追跡装置などを用いた実験研究も活発に行われています。また、工学研究グループと共同で、モーションキャプチャーによる運動、社会的相互作用解析もスタートしました。
今後も社会学研究科実習室では、文理融合型の学問の独創性を活かしつつ、大学院生が将来の研究、実践現場で活躍するための教育基盤をさらに充実させていきます。

皆川 泰代 教授

心理学専攻・実験心理学レポート:
#1:乳幼児はいかにして心理的発達を遂げるのか

社会学研究科 心理学専攻
皆川 泰代 教授

慶應義塾大学大学院社会学研究科の心理学専攻では、実験心理学に重きを置いています。中でも皆川准教授の研究室では、生後5~6か月から2歳くらいまでの乳幼児を対象に、様々な発達検査から子どもの脳の発達過程を乳幼児から研究。対象者を0~2歳に限定するのは、脳はその年代に著しく発達すると考えられ、言葉も発達する時期だからです。またこの時期には、脳の基礎的な部分が出来上がります。

例を挙げると、0歳のある時期に眼帯をしていると、そちら側の目だけ悪くなってしまうのですが、これは非可逆的で、後から修正が効きません。それだけに、乳幼児の発達と心理の関係を解き明かすことが大きな課題といえるのです。

プレイルームでの発達検査

プレイルームでの発達検査

基本的な発達検査はキャンパス内に設置しているプレイルームで行われます。天井に設置されたドーム型のデジタルカメラによって、乳幼児の動きをリアルタイムで隣の部屋にある多方向モニタリングシステムで観察することもできます。

プレイルームで行われる乳幼児の発達検査にはいくつかの方法があります。母親の膝に抱えられた乳幼児の目の前で、赤を中心とした原色系の小物を振り、それをちゃんと目で追うか、あるいは手を出して握ろうとするかなど様々な反応を確認。この検査によって明らかになるのは、運動機能や手先の器用さで、ものの握り方からも発達段階のレベルを確認できます。この実験室には少数ですが、早産や、兄弟に自閉症児がいるリスク児と呼ばれる子どもの来訪もあります。そのような子どもたちに段階的に発達検査を行い、明らかになった言語や社会性の発達と、別途得られた発達初期の脳機能データやアイカメラの指標がどのように関係しているかを検討します。つまり、発達初期での脳反応が後の発達を予期するかを明らかにし、できるだけ早期に発達障害を見極める方法を見つけ出すことが研究の目的です。

防音室での脳機能検査

防音室での脳機能検査

この7~8年間、乳幼児の脳機能を検査していく中で明らかになってきたのは、赤ちゃんの脳は、大人の脳と多くの共通項があり、発達のレベルは以前から考えられていた以上であること。最近は、前頭葉と言語野などの脳と脳の結びつきを調べることも出来るようになってきました。例えば新生児でさえ、母親の声を聞いた時に自分がよく知っている声だということを同定し、その母親の声が言語野を活性化させるということが分かってきました。新生児の内から母親の声に反応する理由は、お腹の中にいる時から、よく耳にしていたからだと考えられます。逆に、生まれてすぐに母親から引き離され、長い入院生活などのため母親の声を聞いていないと、自分の母親の声には反応しなくなることもあります。これらの新生児の研究は慶應義塾大学医学部小児科学教室との共同研究です。

このような音声に対する脳機能を研究するため、防音室において近赤外分光法(NIRS)を用いた実験を行っています。NIRS計測では乳幼児の頭にセンサーを付けて、脳機能の検査を実施します。脳の一部が活性化すると、血流が盛んになり、その部分に光を照射した際、光がヘモグロビンに吸収され戻ってくる光量が減少します。具体的には、検出プロブと呼ばれるセンサーで、脳のどの箇所が活性化しているかを判断するのです。

他にも、母子愛着と脳の発達関係の研究から自閉症スペクトラム障害の発生原因の解明へも糸口を見つけつつあります。

発達心理学分野との共同研究

発達心理学分野との共同研究

最近は、発達心理学の山本教授と、発達障害の子どもについての共同研究も行っています。自閉症スペクトラム障害の子どもについても、NIRSを使っての検査を実施。例えば、アとエの母音の違いを、1歳過ぎている普通の子どもや大人は、左優位で処理します。一方、自閉症の子どもは、乳幼児の頃と同じように、両方の聴覚野に同じような反応が出ます。兄弟に自閉症児がいるリスク児でも、3歳ぐらいまでは、まだ自閉症スペクトラム障害かどうかの診断は付きません。そのような子どもたちには、0歳、1歳、2歳、3歳と段階的に追跡研究を続けます。

脳機能検査においては、NIRSとアイカメラと、両方を組み合わせて検査することもあります。例えば、目の前で話をしている人がいる場合に、相手の人の目を見ているのか、あるいは口を見ているのか、などということも分かります。一時期は、話をしている大人の口元を見る子が、言語発達が優れていると言われていたのですが、相手の目を見る子の方が、言語発達が優れているとも言われていて、色々な意見があるようです。

心理学専攻・実験心理学レポート:
#2:数字とデータから知る、発達心理学と臨床心理学

社会学研究科
山本 淳一(心理学専攻教授・社会学研究科実習室運営委員長)

「発達心理学」「臨床発達心理学」のゼミでは、発達にリスクがある乳幼児、発達障害(自閉症スペクトラム障害、限局性学習障害、注意欠如・多動性障害など)をもつ乳幼児・児童への応用行動分析学を軸にした発達臨床研究を進めています。対象としているのは、3歳~小学校低学年までの子どもたちとその保護者です。実際に、発達障害をもつ子どもたちとその保護者に来室していただき、3か月、6ヶ月、12ヶ月と発達支援を行い、大きな成果を上げています。このような発達支援研究と実践的な実習授業を通して、プロとしての力量を持つ研究者・実践家を養成してきました。これまで実習授業を受けた10名の学生が「臨床発達心理士(一般社団法人臨床発達心理士認定運営機構)」の資格を取得しています。教育と研究を高次に融合させていくのが、社会学研究科の大きな教育目標となっています。

「自閉症スペクトラム障害を持つ子どもの場合、大人の論理で無理にその子の世界に入っていこうとすると、交流ができません。反対に、大人からの刺激を調整し、少しずつやり取りをしながらその子の世界に入っていくと、お互いの笑顔があふれて、楽しく交流ができるようになります。これは私たち専門家が学ばなくてはいけない特別な支援技術なのです。それを学生に伝えていきたい」。山本教授のこの言葉通り、「発達心理学」のゼミでは常に実践的な実習や研究が行われています。

モーション・キャプチャーによる実証

実践的な研究においては、データの集積とその分析が重要な要素となります。

「今年から、セラピストと自閉症スペクトラム障害を持つ子どもの3次元空間上の距離が、2人の関係性に合わせてどのように変化していくのかを数量的、定量的に分析するため、モーション・キャプチャーというシステムを駆使した研究を、工学研究者との共同研究としてスタートさせました。まず、セラピストと子どもに、天辺に光体(マーカー)をセットした帽子を被ってもらうことで、2人が部屋の中のどの空間の座標に位置しているか、そして、2つの光体がどのように動いていくのかを自動的に測定します。最初は、セラピストが来ると背中を向けて逃げ出していた子どもも、セラピーを重ねていく中で正面を向き、コミュニケーションがとれて、一定の距離間を保てるようになります。そういった変化を定量的に測定することで、支援の効果を客観的に明らかにすることが研究の目的です」と山本教授が語るように、ここでの実験には理工学的要素が多く取り入れられています。さらに、今年になって、デジタル式の多方向モニタリングシステムを導入して、多方向から同時に指導室やプレイルームの様子をモニターできるようになりました。この装置によって子どもと大人の動きを映像としてモニタリングし、より精度の高い分析が可能になりました。