研究科委員長メッセージ

多様性と寛容、
そして自由に美しく
社会学研究科委員長 岡原正幸

慶應義塾大学大学院への入学は、まずもって、慶應義塾という場に皆さんが足を踏み入れ、義塾の仲間になることでもあります。私たちの慶應義塾には「独立自尊」「半学半教」「自我作古」などの理念が掲げられています。それらは大学院とて慶應義塾である以上、共に分かち持つ理念であるということになります。では、福澤諭吉に由来するこれらの理念の下、大学院で学び、教える、つまり研究する人たちは、どのように生きればよいのでしょうか?
実は簡単です。それは「自由に」です。みなさんも自由に生きてください。

唐突に聞こえるかもしれません。しかし、グローバル化する世界の進展は、いわゆる国際性を身につける云々とは別物で、ある一つの道筋や原理に則っていれば社会は理想的に作られていくという近代社会の前提を崩すものです。一つの中心ではなく、いくつもの中心がひしめき合う状態が、社会のあらゆる部分に(ミクロな次元からマクロな次元まで)生まれます。自己とは、他者とは、家族とは、学校とは、組織とは、宗教とは、国家とはなどなど、何から何までです。大学や学問の世界も同じです。アカデミズムが堅持している原理原則すら懐疑の目を向けられています。神の声がそうであるように、真理の声も一つではいられません。
むしろ、ポリフォニック(多声的)な社会状況にあって、その都度の現場での模索こそ大事になります。そしてその現場には、多様で多元的な文化が生きられているはずです。この多文化状況での知や生の処方を身体化するためには、自由な振る舞いこそ求められます。一つの中心には留まりえないライフです。

少し、私たちの研究科に話を戻しましょう。社会学研究科は、新制の大学院として1951年4月5日に開設されました。多くの大学院が学部の上部組織として設計されるのに対し、学部を越えた専門研究者が文学部、経済学部、法学部から集い、学部から独立した大学院として当初から運営されています。その上、社会学の他に、心理学と教育学の二専攻を抱える、非常にユニークな研究科の体制をとっています。学際的というより《アカデミックな多文化主義》とでも言いたくなります。

海外研究機関との交流も盛んです。研究科には多くの留学生が学んでいます。2019年度は27人、2018年度は23人、在籍者のおよそ四分の一以上が国外出身です。国際連携としては、ウィーン大学との学術交流協定、南フロリダ大学との包括協定、南オーストラリア大学との博士ダブルディグリー協定があり、その他にも、毎年数名の著名な研究者を海外から特別招聘講師として招いて授業や論文指導をお願いしています。

多声性を生む多様な状況とは、なにも学際性や国際性だけとは限りません。ジェンダーバイアスという事態が長く日本のアカデミズムの世界では指摘されてきました。大学院の教員も学生も多くが男性によって占められるということです。現在6名の女性が研究科の委員ですが、今も圧倒的な少数です。ですが、社会学研究科で学ぶ若き研究者の顔ぶれを見れば、近いうちにこの事態が大きく変わることを予想させてくれます。

ちなみに、私自身の研究室に在籍する学生を例にすれば、八割以上が女性であり、また、半数以上が留学生であり、留学生の出身国は中国、韓国、ロシア、エストニア、イタリア、ドイツ、フランス、スペイン、アメリカという具合です。

多声的な世界の進展の中で、社会学研究科自体もその多声性を拡げることで、社会や世界への貢献をなしえるはずです。そのために、あなたの自由な創造性とアクションが、私たちの自由な創造性とアクションと触れ合うことが必要ですし、そこに多様性と寛容の文化が醸成されることです。そんな触れ合いがすごく楽しみです。

ところで、JST(科学技術振興機構)の博士後期課程学生支援プロジェクトに、慶應義塾大学の14の大学院研究科が共同で企画する「未来社会のグランドデザインを描く博士人材の育成」が採択されました。慶應義塾の大学院にとって新たな方向性が見えるかもしれません。このプログラムのコアコンテンツ「アート表現・デザイン・コミュニケーション」を社研が提供します。みなさんと一緒に新たな総合知が生み出されること切に願います。

うっかりしていました。表題の「多様性と寛容、そして自由に美しく」の最後の「美しさ」に触れていませんでしたね。どうぞあなたが自由に想像してみてください。