特集記事

子どもたちから知る、脳と心理の深い関係

2016.05.18

心理学専攻・実験心理学レポート:
#1:乳幼児はいかにして心理的発達を遂げるのか
文学部心理学専攻|皆川泰代准教授

慶應義塾大学大学院社会学研究科の心理学専攻では、実験心理学に重きを置いています。中でも皆川准教授の研究室では、生後5~6か月から2歳くらいまでの乳幼児を対象に、様々な発達検査から子どもの脳の発達過程を乳幼児から研究。対象者を0~2歳に限定するのは、脳はその年代に著しく発達すると考えられ、言葉も発達する時期だからです。またこの時期には、脳の基礎的な部分が出来上がります。

例を挙げると、0歳のある時期に眼帯をしていると、そちら側の目だけ悪くなってしまうのですが、これは非可逆的で、後から修正が効きません。それだけに、乳幼児の発達と心理の関係を解き明かすことが大きな課題といえるのです。

プレイルームでの発達検査

基本的な発達検査はキャンパス内に設置しているプレイルームで行われます。天井に設置されたドーム型のデジタルカメラによって、乳幼児の動きをリアルタイムで隣の部屋にある多方向モニタリングシステムで観察することもできます。

プレイルームで行われる乳幼児の発達検査にはいくつかの方法があります。母親の膝に抱えられた乳幼児の目の前で、赤を中心とした原色系の小物を振り、それをちゃんと目で追うか、あるいは手を出して握ろうとするかなど様々な反応を確認。この検査によって明らかになるのは、運動機能や手先の器用さで、ものの握り方からも発達段階のレベルを確認できます。この実験室には少数ですが、早産や、兄弟に自閉症児がいるリスク児と呼ばれる子どもの来訪もあります。そのような子どもたちに段階的に発達検査を行い、明らかになった言語や社会性の発達と、別途得られた発達初期の脳機能データやアイカメラの指標がどのように関係しているかを検討します。つまり、発達初期での脳反応が後の発達を予期するかを明らかにし、できるだけ早期に発達障害を見極める方法を見つけ出すことが研究の目的です。

防音室での脳機能検査

この7~8年間、乳幼児の脳機能を検査していく中で明らかになってきたのは、赤ちゃんの脳は、大人の脳と多くの共通項があり、発達のレベルは以前から考えられていた以上であること。最近は、前頭葉と言語野などの脳と脳の結びつきを調べることも出来るようになってきました。例えば新生児でさえ、母親の声を聞いた時に自分がよく知っている声だということを同定し、その母親の声が言語野を活性化させるということが分かってきました。新生児の内から母親の声に反応する理由は、お腹の中にいる時から、よく耳にしていたからだと考えられます。逆に、生まれてすぐに母親から引き離され、長い入院生活などのため母親の声を聞いていないと、自分の母親の声には反応しなくなることもあります。これらの新生児の研究は慶應義塾大学医学部小児科学教室との共同研究です。

このような音声に対する脳機能を研究するため、防音室において近赤外分光法(NIRS)を用いた実験を行っています。NIRS計測では乳幼児の頭にセンサーを付けて、脳機能の検査を実施します。脳の一部が活性化すると、血流が盛んになり、その部分に光を照射した際、光がヘモグロビンに吸収され戻ってくる光量が減少します。具体的には、検出プロブと呼ばれるセンサーで、脳のどの箇所が活性化しているかを判断するのです。

他にも、母子愛着と脳の発達関係の研究から自閉症スペクトラム障害の発生原因の解明へも糸口を見つけつつあります。

発達心理学分野との共同研究

最近は、発達心理学の山本教授と、発達障害の子どもについての共同研究も行っています。自閉症スペクトラム障害の子どもについても、NIRSを使っての検査を実施。例えば、アとエの母音の違いを、1歳過ぎている普通の子どもや大人は、左優位で処理します。一方、自閉症の子どもは、乳幼児の頃と同じように、両方の聴覚野に同じような反応が出ます。兄弟に自閉症児がいるリスク児でも、3歳ぐらいまでは、まだ自閉症スペクトラム障害かどうかの診断は付きません。そのような子どもたちには、0歳、1歳、2歳、3歳と段階的に追跡研究を続けます。

脳機能検査においては、NIRSとアイカメラと、両方を組み合わせて検査することもあります。例えば、目の前で話をしている人がいる場合に、相手の人の目を見ているのか、あるいは口を見ているのか、などということも分かります。一時期は、話をしている大人の口元を見る子が、言語発達が優れていると言われていたのですが、相手の目を見る子の方が、言語発達が優れているとも言われていて、色々な意見があるようです。

#2:数字とデータから知る、発達心理学と臨床心理学
社会学研究科心理学専攻|山本淳一教授

「発達心理学」「臨床発達心理学」のゼミでは、発達にリスクがある乳幼児、発達障害(自閉症スペクトラム障害、限局性学習障害、注意欠如・多動性障害など)をもつ乳幼児・児童への応用行動分析学を軸にした発達臨床研究を進めています。対象としているのは、3歳~小学校低学年までの子どもたちとその保護者です。実際に、発達障害をもつ子どもたちとその保護者に来室していただき、3か月、6ヶ月、12ヶ月と発達支援を行い、大きな成果を上げています。このような発達支援研究と実践的な実習授業を通して、プロとしての力量を持つ研究者・実践家を養成してきました。これまで実習授業を受けた10名の学生が「臨床発達心理士(一般社団法人臨床発達心理士認定運営機構)」の資格を取得しています。教育と研究を高次に融合させていくのが、社会学研究科の大きな教育目標となっています。

「自閉症スペクトラム障害を持つ子どもの場合、大人の論理で無理にその子の世界に入っていこうとすると、交流ができません。反対に、大人からの刺激を調整し、少しずつやり取りをしながらその子の世界に入っていくと、お互いの笑顔があふれて、楽しく交流ができるようになります。これは私たち専門家が学ばなくてはいけない特別な支援技術なのです。それを学生に伝えていきたい」。山本教授のこの言葉通り、「発達心理学」のゼミでは常に実践的な実習や研究が行われています。

モーション・キャプチャーによる実証

実践的な研究においては、データの集積とその分析が重要な要素となります。

「今年から、セラピストと自閉症スペクトラム障害を持つ子どもの3次元空間上の距離が、2人の関係性に合わせてどのように変化していくのかを数量的、定量的に分析するため、モーション・キャプチャーというシステムを駆使した研究を、工学研究者との共同研究としてスタートさせました。まず、セラピストと子どもに、天辺に光体(マーカー)をセットした帽子を被ってもらうことで、2人が部屋の中のどの空間の座標に位置しているか、そして、2つの光体がどのように動いていくのかを自動的に測定します。最初は、セラピストが来ると背中を向けて逃げ出していた子どもも、セラピーを重ねていく中で正面を向き、コミュニケーションがとれて、一定の距離間を保てるようになります。そういった変化を定量的に測定することで、支援の効果を客観的に明らかにすることが研究の目的です」と山本教授が語るように、ここでの実験には理工学的要素が多く取り入れられています。さらに、今年になって、デジタル式の多方向モニタリングシステムを導入して、多方向から同時に指導室やプレイルームの様子をモニターできるようになりました。この装置によって子どもと大人の動きを映像としてモニタリングし、より精度の高い分析が可能になりました。


皆川泰代准教授

国際基督教大学教養学部語学科卒業。1996年同大大学院比較文化研究科修了(修士取得)。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻認知・言語医学講座にて博士(医学)取得。
日本学術振興会特別研究員(国立国語研究所、国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)、フランス ENS-EHESS-CNRS研究員、University College Londonおよび UCL Hospital, NHS. 訪問研究員、慶應義塾大学大学院社会学研究科・特任准教授を経て現職。


山本淳一教授

1980年慶應義塾大学文学部社会心理教育学科心理学専攻卒業。1985年同大学大学院社会学研究科心理学専攻博士課程単位取得退学。1988年文学博士取得。
日本学術振興会特別研究員(筑波大学心身障害学系)、明星大学人文学部専任講師、明星大学人文学部助教授、筑波大学心身障害学系助教授、慶應義塾大学文学部助教授を経て現職。2007年〜2008年University of California, San Diego訪問学者。
臨床心理士、臨床発達心理士。